「茶道」
言葉は知っているけど、とっても遠い「茶道」
日本人の何%が茶道を嗜んでいるのか?文化庁の調査によると、茶道を趣味や娯楽として行う者(茶道指導者や、学校の部活動などで茶道を行う者を除く)の 人数は約176万人とのこと。
日本の人口1億二千万分の176万・・・ものすごく少ないです。
ただ、茶道の基本知識は知っておきたい、茶道の最低限の作法は知っておきたい、こんな考えの日本人は相当数いるのではないかと思います。
「表千家、裏千家」ってどう生まれた?
「わびさび」ってちゃんと言葉にするとどうなる?
「茶会のマナー」てどんなもの?
などなど、なんとなく知っているけど説明できない、茶道にまつわる世界の基本情報をわかりやすく伝えてくれている本です。茶道に限らず社会人としてのマナーに通じる部分も多いです。
とにかくわかりやすく、イメージしやすい本です。おすすめです。
この本の内容拾い読み
茶道の流派
裏千家、表千家など、どこかで聞いたことがある茶道の流派。茶道がわからない人からすると、裏はなんとなくアンダーグラウンドの流派?などと思いがちですが、まず茶道の流派は細かく分けると100以上あるのだそうです。
その中で茶道の代表的な流派が3つあって、それが、裏千家、表千家、武者小路千家の3つなのだそうです。確かにメジャーどころのイメージがあります。
この3つは元々は、千利休を本家とした千家流茶道というものがあり、千利休のひ孫の代に、裏千家、表千家、武者小路千家の3家に別れたんだそうです。
なんで別れたのか?この流れはわかりやすくて、千利休の孫の宗旦さんには4人の息子がいて、長男は親と折り合いが悪く、千家を継がずに、養子に出ていた次男が戻って武者小路通りに「官休庵」という茶室を作って、武者小路千家を興したんだそうです。
次男が養子に出ている間、長男は継がなかったので、三男が千家の当主となり「不審庵」が受け継がれたそうで、この時この「不審庵」が表通りに面していたので、表千家と呼ばれるようになります。
親の宗旦さんは、三男に継がせた後に隠居し「不審庵」の裏手に「今日庵」を作って四男と暮らしていたそうですが、その後に四男が「今日庵」を受け継いで裏千家を興したのだそうです。
興りがわかるとイメージがしやすいです。
違いも色々あるようで、お茶の点て方や道具や所作なども違うのだそうです。
わびさびとは
わびさび、漢字で書くと「侘び寂び」日本人の美意識を説明するのに使いがちなワードですが、実際の意味をうまく説明するのは難しくて、なんとなくイメージで使っている言葉だと思います。
茶道では切ってもきれない思想なので、この本では明快に説明されています。まずは「さび」。
さび
時間の経過とともに古くなり、色あせ、錆びて劣化していきます、逆に古くなることで出てくる味わいや枯れたものの趣ある美しさを表す。英語で「impermanent」
そして「わび」
わび
さびを美しいと思う心や内面的な豊かさを表す。不完全なものを面白がる美意識。英語で「incomplete」
改めて文字にするとわかりやすいです。
茶室
茶室とは、お客様に一椀のお茶でおもてなしをするために造られた部屋のことで、
茶室には書院風と草庵風があって、広めの部屋で棚に唐物の茶器などを飾った感じの茶室が書院風といって、小さい茶室でにじり口から這うように茶室に入り、土壁などで出来た茶室を草庵風といいます。
これらのお茶室の広さは四畳半が多く、これは方丈からきたと言われているようです。
ちなみに一丈は10尺で約3m、で、方丈なので3x3で約9m2くらいになります。
しかし、極めた結果なんでしょうか、唯一現存する千利休作といわれる国宝の茶室「待庵」は、なんと二畳。
思考を突き詰めたその先に出来た茶室なんだろうなと思いますが、ここで茶会が行われて抹茶を頂くのであれば、おそらく一対一になるでしょうから、その茶会は緊張感が凄そうです。
建築の世界では、茶室には日本建築のすべてが詰まっているといわれますが、日本文化が詰まっている茶室は、改めて学ぶ必要があると思います。
終わりに
この本は「茶道」についてのことを紹介している本なのですが、結果的に日本文化の基本的なこと、社会人の所作やマナー、精神性についてなどなどの解説書にもなっています。
「茶道」を知りたいという動機を持っている人以外の方も、日本人ならば一度は読んでおいて欲しい本だと思います。
本当に面白い本でした。
ではでは。